ADELANTEの英語とスペイン語が好き -223ページ目
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英語は「up」や「down」、「along」や「away」それに「on」や「off」

今日も、短い番外編です。

情景描写のうまいアーネスト・ヘミングウェイやひととの出逢いが魅力的なポール・オースターなどの小説を読んでいると、英語は「up」や「down」、「to」や「from」、「along」や「away」、「on」や「off」などの使い方次第なのだなというのがよくわかります。

1920年代に登場し「The Sun Also Rises」で自堕落な世代の代表的な作家になったヘミングウェイや、現在、日本を代表する作家・村上春樹と同時代を生きるオースターは、この「up」や「down」、「to」や「from」、「along」や「away」、「on」や「off」に、「go」、「come」、「get」と「give」などの基本動詞を上手に組み合わせてつかって、さまざまな情景や心象風景を繊細に描き出します。例えば、ヘミングウェイの小説では、主人公達の乗った車がピレネーの山々を走っているとき、車が坂道を上がったり下がったり、車が川に沿って走ったり川から遠ざかったりするのを表現するときに、「go」に「up」や「down」、「along」や「away」などをうまく組み合わせてつかわれていました。

これは日本語にはできない芸当かも知れません。ま、日本語にはさらさらとか、そよそよとか、日本語らしい微妙な表現があるわけで、もちろん日本語も捨てたものではありません。

さて、日本語の漢字で、
峠(とうげ)は山の上がりと下り、実際のとうげの意味そのままですよね。

英語もgetにdown、up、along、away、onとoffをくっつけて、
get down(伏せる)、get up(起きる)、get along(仲よくやっていく)、get away(逃げる)、get on(乗る)とget off(降りる)
という意味になりますが、getを峠の山、down、up、along、away、onとoffを峠の上下と考えれば、日本語と英語は、言語としての似たようなシステムを持っているのだな、と言うことができます。

単語もイディオムも、文字がくっついていか離れているかだけの違いだけで、get downをgetdownという単語として考えれば、get downはgetという語頭(漢字でいえば部首)を持っている単語ということができます。

言葉の引き出しの多さに感嘆!

今日は短い番外編です。

日本人の喋る英語は、多くの場合、私にとってかなり聞き取りやすいのですが、「俺は英語ができる」と自負されている日本人の方の巻き舌の英語はかえって聞き取りにくいことが多々あります。数ヶ月前、私が再就職のため面接をうけたていたときのこと、あなたの英語能力は面接で判断しますと仰っていた日本人社長の英語は、何を仰っているのかよくわからず60%ぐらいしか聞き取れませんでした。(癖の強いインド人や中国人、フランス人の英語のほうがまだ聞き取りやすかった) で、もちろんその会社は落選でしたが・・・。

母国語の癖はなおらない。無理に自己流で外国人ぽく喋るのは弊害も多いと実感した次第です。

以前、超一流の通訳者の喋る英語をきいたことがありますが、彼の喋る英語のイントネーションは日本人英語そのものでした。(今の外国帰りの若者はもっと流暢に喋ります) ところが、彼のプロとしての凄さは、その言葉の引き出しの多さでした。日本人スピーカーの喋る日本語らしい日本語を、似ているようで似ていない微妙にニュアンスの異なる日本語での表現を、さまざまに言い換えて、見事に分かり易い英語に通訳していていたのです。

これぞ、プロでした。

「英語耳」って何?

現在「英語耳」という本が売れていますね。当時英米文学科の四回生だった私は、この「英語耳」をまったく持っていなかったのです。

#「英語耳」というのは、話し相手が英語で喋っているのに、それをまるで母国語の日本語で聞いているかのような感覚になった状態を言います。

著者の松澤さんは<発音>の重要性について強く主張されています。私も松澤さんの意見に賛成です。中学一年生のとき私は、発音記号をおぼえ英語の発音の勉強をしました。そして、発音の勉強以上に、英語のスペルと英語の発音の複雑な関係の勉強を徹底的にしました。このため、英語のスペルをみればほぼどんな発音をするのかわかるようになりました。そうすると、洋書を読むのが非常に楽になり、初級者用に限られた数の単語で書かれた英語の本を買ってきて読書をするのが本当に楽しみになりました。このころから私のリーディング能力は日に日に上達していったのです。

ところが、肝心の英語の発音の勉強が不徹底だったのです。多少一生懸命発音の勉強をしたのは初めのうちだけで、途中で面倒になり適当なところでごまかすようになりました。英語と日本語は発音面でまったく違う言語だったのに、です。

大学の四回生までのあいだ、英語といえば洋書の読書を中心に読むことと書くことであり、聞く喋るはおざなりになっていました。ま、英語を喋る機会もあまりなかったのですが・・・。発音の勉強が不徹底だったことにくわえて英語を聞くという経験がほとんどなかった私は、当然、英語耳をもっていませんでした。

新卒時の就職活動で大きなショックを受けた私が、さて、どうしたか? それは、下記の私の書いたエッセイを読んでください。

*****
 英米文学科の出身だったのに、読み書きはできてもまだ英語をきいたりしゃべったりすることがまったくできなかった大学卒業直後のこと、私にとって、アメリカ人やイギリス人がしゃべる英語はほとんどイルカの泣き声とおなじで、意味のないサウンドの羅列でした。ただ、私のしゃべっている英語は、彼らには理解できるらしく、さかんに質問してきます。でも、彼らの言っていることはちっとも分からない。

 そこで、はたと気がつきました。日本語と英語は、まったくリズムの違う音楽なのだと。雅楽になれた耳を、ジャズやロックのリズムが分かる耳にしないと、英語は一生ものにならないと強くおもいました。つきつめれば、私の耳の運動神経が悪いわけですが…。哀しい。

 では、どうするのか。英語のサウンドの海に身を投げ、水底に沈み、たゆとうその水の流れにじっと身をゆだねればいいのではないかとおもいました。荒療治ですが、それしかないとおもいました。泳げない人間がひとり、船で沖にでて誰もいない大海に飛び込めば、どんなに波が静かでも溺れて死ぬほかはないけれど、英語のサウンドの海なら飛び込んでも死ぬことだけはない、と分かっていましたから、私でも飛び込む決心がついたのでしょう。

 で、自分の部屋にいるときには、一年間FENをかけっぱなしにしました。特に、FENのニュースは耳をダンボにしてききました。二ヶ月たち、何の変化もありません。半年がたっても、何の変化もありませんでした。ところが、やっぱり私には才能がないのだとあきらめかけていた約九ヶ月後のある日、ラジオをつけFENのニュースをきいたら、ごく一部だけだけれど何故か英語が聞き取れたのです。それからしばらくしてどれが主語と述語で、どれが目的語や補語か分かるようになりました。そしてその一週間後には前置詞や接続詞が聞き分けられるようになり、そのあとは日進月歩で急にヒアリングが上達してゆきました。

 ヒアリングができれば、スピーキングは自然とできるようになります。

 まずは英語のサウンドの海に沈み、水のなかの魚のようにえらで呼吸できるようになることだとおもいます。
*****

以前のBLOGで、
極論すればヒアリングとスピーキングは、あとでもいいのです。まず、読むことと書くことを身につけてください。それがすべての基礎です。
と書きましたが、ベストの方法は、やはり、それぞれ同時進行でやることです。(それでも、私の読むこと重視にはかわりはありませんが)

惨憺たる結果に・・・

今日のテーマはFENです。私はある時期、寝ても覚めてもFENを聴いていました。それは何故だったかというのを、まずお話ししたいとおもいます。

私が寝ても覚めてもFENを聴いていた時期は、社会人一年生の時です。それには訳があります。新卒時の就職試験は、私にとってそれは惨憺たるものでした。大学四年生の時、私は就職に有利といわれた経済学部ではなく英米文学科の学生でしたが、無名の大学ではなくとある国立大学に在学しており、就職なんてちょろいものだとまではおもっていませんでしたが、超一流の会社を目指すのでなければさほど難しいことだとはおもっていませんでした。(数年前にオイルショックがあり、よく考えれば時代はかわり就職冬の時代だったのにです)
#今の若者たちが、数年前からそれなりに準備し、エントリーシートなどを書き苦労をしているのをおもえば、大甘の考えですね。

当時の私は英語のリーディングとライティングにはそれなりの自信があり、ヒアリングとスピーキングには不安を持っていたものの、まあ大丈夫だと高をくくっていたわけです。ところが、まわる会社、まわる会社でよく話しをきいてはくれるものの、最終的にはポライトなリジェクションばかりでした。極めつけはある会社の5人にたいする集団面接で、英語で質問をうけ、私が英語でまともな応対ができなかったとき、その後約40分間、他の面接者にはたくさんの質問がなされるものの、私には誰も質問をしてくれません。つまり、英米文学科の学生だったのに、英語が満足に喋れなかったため、私には質問する価値もないとみなされたのです。そのショックたるや、それまでの人生のなかで最大級のものでした。

で、とある中小の会社に縁故入社したあと、英語を喋れなければ、リーディングとライティングができても意味はないと決心し・・・、1、2週間どうすればよいか考えたあと、ヒアリングができないのがすべての原因だと判断し、それには英語への耳慣れしかないと考え、耳慣れができるまでFENを聴こうと決めました。

次回はFENを聴き始めてからどうなったか、お話しします。(^_^)

You do?

#英語の勉強には<自分の好きな映画の脚本を読む>ことです。
と前回の最後で書きましたが、そこで私が英語の勉強には最適だと考えている「Star Wars」シリーズや「Superman」シリーズの脚本が出版されているかどうか調べていませんでした。「Star Wars」シリーズの旧三部作は現在絶版、新三部作はエピソード1だけがでています。(ただし、Amazon.co.jpで4週間から6週間の待ち) 「Superman」シリーズは出版されていませんでした。謹んでお詫び申し上げます。m(_ _)m 

何故「Star Wars」シリーズや「Superman」シリーズがいいと言ったか説明しておきます。まず子供もみることを前提に映画がつくられていますので、喋られている英語が平易でわかりやすいことです。しかも実際につかえる表現が豊富なのです。「Star Wars」シリーズからは、ダースベーダが敵の基地を発見したときにつかった「That's it!(それだ!)」やダースベーダがモフターキン総督や皇帝の命令への返事につかった「As you wish(仰るとおりに)」、「Superman」からはクラーク・ケントが恋人のロイス・レインに相づちをうつさいにつかった「You do?(君もそう思う?」などの表現を学びました。
#「do」は相手の述語をうけていますので、状況によって日本語訳はかわります)
(例)
A男:「At first, we must clean the room」、B子:「Yes, you are right. I thiink we should do it now」、A男:「You do?」

最近の映画のDVDには英語の字幕がかならずついていますので、英語の字幕をみながら(それを補助にして)映画の台詞をきくのも、楽しんで英語の勉強をするには有効な方法です。

私は以前まだDVDがでるまえには、国内版ではなくかならず輸入版のビデオやLDを買い、それにかならずついていた聴覚障害者用にアメリカで開発されたクローズドキャプション(映像信号のなかに字幕情報が隠されている)を専用のコンバーターをつかって、画面に英語の字幕をだし英語の勉強をしていました。クローズドキャプションはプリントアウトすることも可能でした。(DVDの英語字幕をプリントアウトできるかは知りません)

あっ、FENの話しをしませんでしたね。それは次回にしたいとおもいます。

村上春樹に、英語で挑戦?

私が初めて最初から最後まであきらめることなく読み通した洋書は、マリオ・プーゾの「Godfather」でした。理由は簡単、英語が平易で書かれていた内容が面白かったからです。そのとき私は大学二年生でした。(もちろん高校生のときにすでにフランシス・F・コッポラ監督の映画版を見ていたせいもあります)

では、中学・高校と英語を学んできたひとが初めて洋書に挑戦するのにどんな本がいいのでしょうか。(ちなみに、私が初めて読んだ洋書はオスカー・ワイルドの「Happy Prince」でした) 私はエンタテイメント系の小説を読むことをおすすめします。読んでいて面白い、と感じることが洋書を読み進めるうえで一番のモチベーションになります。また、エンタテイメント系の小説には文体がシンプルなものが多いのです。まず、洋書店にゆき、人気になっている本を手に取ってしばらく立ち読みされたらいかがでしょうか。わからない単語ばかりでてきたら、特にキーワードに知らない単語ばかりでてきたらお手上げです。さっさと別の本を立ち読みしましょう。(苦笑い) 

読んでいて書いてあることが70%から80%わかる、となったらもうしめたものです。多少時間がかかるかもしれませんが、挑戦しがいのある本です。というのも、英語の本は読み進めるにつれて、その本の文体になれ理解度がどんどんあがあるからです。

英語の本は、母国語である日本語で書かれている本の5倍は時間がかかるものです。そう覚悟してください。そうすれば気持ちはやすらかになります。(初めての場合は、もっと時間がかかるかもしれません) ですから、ヒマラヤの空気のうすい山々をトレッキングしている気持ちでゆっくりゆっくり読んでいきましょう。そのうち、ほとんどの人間が高山になれるように、洋書にもなれます。それでも高山病にかかってしまったら、自信を失うまえに、山を下りる、つまりもっとやさしい本に挑戦すればいいのです。

今、私がおすすめしたい洋書はアーサー・ゴールデンの「Memoirs of a Geisha」です。この本は「さゆり」という題名で日本語翻訳版もでていますが、平易な英語で書かれており、初級を卒業し中級にかかろうかというレベルのひとに最適だとおもいます。舞台が日本ですので、物語にも入っていきやすいです。
#外国人が書いたトンデモ本ではなく、素晴らしい大衆小説です。

また、私は読んでいませんが、ダン・ブラウンの「The Da Vinci Code」も面白いときいています。

私はポール・オースターが好きなのですが、彼の小説を読むのなら最新作の「Oracle Night」がいいとおもいます。彼の小説の中ではめずらしくライトな小説で(つまり読みやすいということ)、いつものような深い思考がないぶん妄想のもつパワーが楽しい小説です。
#私が彼の最高傑作ではないかと考えている「Moon Palace」(現在、2ヶ月かかってようやく約3分の2ほどまで読み進めています)は、人生への深い思考があり、本当に素敵な小説なのですが、知らない単語が山ほどでてきて、けっこう四苦八苦しています。(笑い)

また、以前日本語で読んだ村上春樹の小説を、今度は英語翻訳版で読むというのも面白いかもしれません。彼の小説は大手書店の洋書売り場にペーパーバックで所狭しと並んでいます。

小説を読むのはやっぱりつらいという方には、究極の手があります。自分の好きな映画の脚本を読むことです。特に、「Star Wars」シリーズや「Superman」シリーズは、子供が理解できるように平易な英語で書かれており、しかも実際につかえる決め台詞が多いので、まさにおすすめです。逆に、クライムストーリー系は四文字言葉や汚いスラングがひんぱんに登場しますのでおすすめしません。

次回は、FEN漬け体験について書きたいとおもいます。

怪我の功名

何故私が英語に興味をもったか・・・、それは中学一年の冬、体育の授業中足の骨を複雑骨折し数ヶ月学校を休んだからです。つまり怪我の功名だったのです。

それまでの私は、英語がこれからは重要だと知りながら、英語がいやでいやでたまらなかったのです。それは何故か・・・、実は、英語のスペルをみてもどれをどう発音してよいのやらチンプンカンプンだったからです。

日本語の平仮名とカタガナはそのまま発音すればいいわけです。ローマ字も同じですね。ところが、英語は日本語のローマ字とちがい、そのまま読むことができません。英語のスペルには、スペルと発音のあいだに複雑なルールがあるからです。(これがスペイン語の場合だったら、日本語のローマ字と同じように、そのまま発音すればいいので非常に楽なのですが・・・)

骨折してから数日後、学研の「学習」という雑誌を母親がもってきて、「ま、暇つぶしに読んでみれば」と言いました。そしてその雑誌に、英語の発音記号について書かれた付録がついていました。それが運命の分かれ道です。その付録をみて、私は英語の発音記号の魔力に取り憑かれてしまいました。

次に私がやったことは、辞書を片手にめについた単語の発音を、辞書に記述された発音記号に従ってあきもせず繰り返したことです。(ベッドのうえでゴロゴロしているばかりで、暇でしたからね/笑い) そうすると、そのうち発音記号と英単語のスペルのあいだに、なんらかの規則性があることに気がつきました。そうなると興味は倍増されます。

例えば、「cool」と「pool」の「oo」の発音はどちらも「ウー」で同じだとか、「-ation」は「エイション」と発音するとか、「a」と「i」は子音の前では、「ア」ではなく「エイ」、「イ」ではなく「アイ」と発音されるケースがほとんどだとか、いろいろ分かってきたのです。

さて、次回は「英語は読むことからしっかりはいるべきである」と書いてしまったてまえ、洋書を読む場合何から読めばいいのか、お話しいたします。私が初めて洋書で、読むのに完走した本は、英米文学の名作ではなく、実はマリオ・プーゾの「Godfather」だったというお話しもいたします。

「Get」と「Give」、そして耳慣れ

「何故ヒアリングとスピーキングはあとでもいいのかは、次回記述します」と前回の最後で書きました。それは英語が外国語である日本人にとって、英語の基本は読み書きだからです。「読み書き」がしっかりできていれば、ヒアリングとスピーキングは、あとからの比較的短い期間の訓練でどうともなりますが、「読み書き」だけは長い地道な努力の積み重ねが必要なのです。

受験英語、受験英語と非難され、現在世の中は英会話重視に傾きがちですが、どうしてどうしてこの「受験英語」はばかになりません。たしかに、受験英語は英語の基本からづれている面もありますが、英語の基本とのずれは多くのひとが考えているよりありません。中学・高校で教えている英語のどこか悪いかといえば、英文読解は英文を日本語に訳しながら読んでいる、英作文はいったん日本語で文章を考えてから英語に翻訳している、という二点につきます。

中学・高校で英語の基礎は一応できているのです。英会話ができないのは、ヒアリングの経験がないのと初めから英語で考え英文を作成する英文作成能力のエクササイズができていないだけなのです。

ヒアリングとスピーキングのエクササイズをする前に、まず、英語の「SVOC(主語+動詞+目的語+補語)」の基本文型の徹底的な復習と「Get」と「Give」をつかった英語らしいイディオムの勉強をしてください。

英語の基本は、「Get」と「Give」だと私は考えています。というのも、「Get」と「Give」のつかいかたを覚えれば、たいていの英文は作成できるからです。それに、GetとGiveをつかったイディオムは非常に論理的です。例えば、「伏せろ」はGetをつかい「get down」(downな状態にしろ)というイディオムで表現できますし、「~とうまくやってゆく」は「get along with」(~とalongな状態になる)というイディオムで表現できます。漢字の「峠(とうげ)」をおもいだしてください。英語と日本語、言語はちがっても考え方はおなじですね。

ヒアリングは耳慣れです。ヒアリングができないひとは、単に英語のリズムに耳が慣れていないだけなのです。「読み書き」がしっかりできていれば、この英語のリズムに慣れることに、ある期間徹底的に集中すれば、すぐ(私の場合は約9ヶ月かかりましたから<すぐ>とは言えませんが)ヒアリングができるようになります。
#私の場合は、FEN(現在のAFN)を、約1年半、毎日毎日あきずに聴き続けることにより、強制的に耳慣れさせました。今は、スカパーやCATVと契約し、BBC WorldやCNNの視聴が効果的だとおもわれます。

また、ある程度英語ができるひとは、英語で書かれた「Teach Yourself」などの教材をつかい、日本語からではなく英語から第二外国語を勉強することで、第二外国語の習得と同時に英語の基礎の復習にもなりますので(基本的なフレーズにたくさん接することができるため)、一石二鳥の効果があり面白いとおもいます。特にラテン系の言語を第二外国語として勉強する場合、英語の語源にふれる機会がかなり増えますので、お勧めです。

次回は何故私が英語に興味をもったか、お話ししたいとおもいます。

Simple is best!

#英文を作成するときは、いわゆる「英作文」をしては<絶対>いけません。
(ここでいう「英作文」とは、まず日本語で文章を作成し、つまり、いったん頭の中で日本語で文章を思い描き、そののちその日本文を英訳する、という作業です)

理由は明らかです。自分が母国語で書いた文章を、母国語より数段能力で劣る非母国語に、翻訳などできるわけがないからです。

そこで、表題の「Simple is best!」です。

非母国語である英語で文章を作成する場合、ボキャブラリーと物事を叙述するフレーズ作成能力が限られてきます。特にこのフレーズ作成能力の薄さは深刻です。ですから、文章を<簡潔に>書くしかないのです。「Simple is best!」ではなく、実際は、「I can only write simple phrases without any choices」だったのです。(述語とちがい、名詞、形容詞、副詞などのボキャブラリーのなさは和英辞典である程度カバーできますが・・・)

でも、この簡潔で短い文章をこまかくつなぎあわせることによって、言いたいことのほとんどの部分が表現できます。これを知ることは重要です。

また、英語は「Get」と「Give」に「on」と「off」や「up」と「down」に「with」などの前置詞や副詞を組み合わせたイディオムでいろいろな英語らしい表現が可能であることや、日本語にはない「it」を主語にできることなどを知れば、英語の表現の幅がかなり広がります。そして、あとはいい英語の文章を書いているひとの文章からつかえるフレーズを盗むことです。そうすれば、着実に英文作成能力はアップしてゆきます。

極論すればヒアリングとスピーキングは、あとでもいいのです。まず、読むことと書くことを身につけてください。それがすべての基礎です。

「My idea is ...(私の考えは・・・です)」と「My understanding is ...(私が理解したことは・・・です)」はよくつかう表現です。覚えておいて損はありません。また、読み手に分かり易いようにロジカルに書くためには、「My idea is ...」と「My understanding is ...」のあとに、箇条書きで簡潔に言いたいことをいうとよいでしょう。

何故ヒアリングとスピーキングはあとでもいいのかは、次回記述します。

英語は読むことからしっかりはいるべきである

#英語は読むことからしっかりはいるべきである。

これは私が英語を学び始めたときからの信念です。そして、決して日本語に訳しながら読んではけいけない。英語を、英語のまま、そこに書かれている情景や概念を想像しながら読むことが大切です。

でも、分からない単語がたくさんあるのに、読むことができるのか。できます。分からない単語が<キーワード>でないかぎり、分からない単語があっても大雑把な内容は把握できます。決して分からない単語が出てきたからといって、一語、一語、単語の意味を辞書でしらべてはいけません。まず、大雑把な内容を把握するため少なくても2、3ページ、できれば5ページから10ページ辞書をひかずに読んでください。

また、まず自分の身近にある内容の本から読むことをお勧めします。例えば、日々仕事でセールスやマーケティングをやってらっしゃる方なら、マーケティングの大家、フィリップ・コトラー氏の「Ten Deadly Marketing Sins」を読むことをお勧めします。平易な英語で書かれていることと、マーケティングの入門書として格好の本だからです。

英語を学びながら、マーケティングのエッセンスまでつかめてしまう。これほど、一石二鳥のことはないでしょう。

英会話が重要視されていますが、今、ビジネスの世界で会話より重要なのは、外国人のクライエントとe-maillなどで交渉する際の文章能力です。英語の文章能力はまず読む力をつけないと上達しません。「英語は読むことからしっかりはいるべきである」と私が主張する由縁です。

そして、英語の文章は「Simple is best!」です。また、交渉相手の外国人のつかっているいい英語の文章を「盗む」、つまり外国人の文章のよいところをまねをすることが大事です。

何故「Simple is best!」なのかは、次回ご説明します。
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